2010年4月29日木曜日
2010年4月28日水曜日
狩野之信
狩野之信 かのう-ゆきのぶ
?‐?
戦国時代の画家。
狩野正信の次男。狩野元信の弟。作品は山水・人物・花鳥画にわたり,代表作に「松に麝香猫図屏風(びょうぶ)」などがある。その画風は元信に近似すると評されたが,早世したといわれる。通称は雅楽助(うたのすけ)。
狩野之信(かの ゆきのぶ、1513年(永正10)~1573年(天正3))
京都出身。
室町期の狩野派画家で狩野派始祖狩野正信の子、狩野元信の弟とされる。
禁裏の絵師としてよく仕え、丹青山水や花鳥などを得意としたが、
その筆致は兄元信の物に酷似しており、
当時は之信の落款や印章がない物は元信筆の物とよく混同された。
法眼に叙された後、剃髪して法号・性通を名乗る。
代表作「四季耕作図」が重文指定。
印名は「之信」「輞隠」など
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戦国時代の画家。
狩野正信の次男。狩野元信の弟。作品は山水・人物・花鳥画にわたり,代表作に「松に麝香猫図屏風(びょうぶ)」などがある。その画風は元信に近似すると評されたが,早世したといわれる。通称は雅楽助(うたのすけ)。
狩野之信(かの ゆきのぶ、1513年(永正10)~1573年(天正3))
京都出身。
室町期の狩野派画家で狩野派始祖狩野正信の子、狩野元信の弟とされる。
禁裏の絵師としてよく仕え、丹青山水や花鳥などを得意としたが、
その筆致は兄元信の物に酷似しており、
当時は之信の落款や印章がない物は元信筆の物とよく混同された。
法眼に叙された後、剃髪して法号・性通を名乗る。
代表作「四季耕作図」が重文指定。
印名は「之信」「輞隠」など
2010年4月25日日曜日
狩野永徳にとっての長谷川等伯像
4月24日
狩野永徳にとっての長谷川等伯像 同志社大学教授 狩野博幸氏
会場:京都テルサ 東館3階 大会議室
等伯展
初日 入場6550人 初日からこんなに多いのは初めて
昨日4/23(金曜日)は1万人を越えたとのこと。
→詰め込みすぎなのだ。ウフィツィのように入場をもっと制限したらどうか?
狩野永徳の鳥、生物学的には実際の鳥を写実したものではないのは、永徳が、狩野派の「坊ちゃん」で、手本を元に書いていたからである。
永徳にしろ、等伯にしろ、花鳥図に枯葉、落ち葉のように没落を表すようなものは描かれていない。
しかし、若冲は、枯葉の描写を行っている。
講演内容少し物足りず。等伯と永徳の作品の違いとその背景などに深く突っ込んで欲しかった。
狩野永徳にとっての長谷川等伯像 同志社大学教授 狩野博幸氏
会場:京都テルサ 東館3階 大会議室
等伯展
初日 入場6550人 初日からこんなに多いのは初めて
昨日4/23(金曜日)は1万人を越えたとのこと。
→詰め込みすぎなのだ。ウフィツィのように入場をもっと制限したらどうか?
狩野永徳の鳥、生物学的には実際の鳥を写実したものではないのは、永徳が、狩野派の「坊ちゃん」で、手本を元に書いていたからである。
永徳にしろ、等伯にしろ、花鳥図に枯葉、落ち葉のように没落を表すようなものは描かれていない。
しかし、若冲は、枯葉の描写を行っている。
講演内容少し物足りず。等伯と永徳の作品の違いとその背景などに深く突っ込んで欲しかった。
2010年4月22日木曜日
週刊文春2010年4月22日号 私の読書日記 立花隆さん
・どうして子供は勉強しないといけないの
・1972 青春 軍艦島
・ヴァイブレーターの文化史
・奇界遺産
・写真で見る ヒトラー政権下の人びとと日常
・ヤコブ・ベーメと神智学の展開
http://chez.tachibanaseminar.org/keisai/images/2010/h-44.pdf2010年4月20日火曜日
2010年4月17日土曜日
没後400年 特別展覧会 長谷川等伯
京都国立博物館の展示に不満があるので、書いておきたい。
仏涅槃図が中央の部屋に置かれる。縦の長さから考えてここしかなかったのだろうけれども、それでも足らない。それで、真ん中あたりのちょうど釈迦の寝ているところあたりが屈曲した展示になっている。その絵画の中心部分が遠く、斜めになっていて、とても見にくい。でかすぎてどうしようもなかったのかもしれないが、ひどすぎると思う。日曜美術館で東京国立博物館の展示を見たが、こちらも、曲げずには展示できなかったようだが、中心部分は避けられていた。(おそらく、東京の方が、天井が高いのだろう)
物理的な問題だが、もう少し、やりようはあったのではないだろうか?
松林図が最後の部屋にあるが、ここが狭い。人が多いこともあって、まったく引いて見ることができない。これではこの絵のよさがわからないと思う。
この絵は、中央の部屋で堂々と展示してもらいたかったと思う。
結局、京都国立博物館の特別館は、狭すぎるのである。特に、大きな絵はダメ。見れない。
取り壊された常設館のほうが広かったと思うが、新常設館ができても、この特別館は、このまま特別展用に使われるのだろうか?やめてほしい。
そして、新しい建物には、大きな絵をゆったりと見れるスペースができることを期待する。(もう設計は終わっているのだろうがどうなっているのだろう。)
仏涅槃図が中央の部屋に置かれる。縦の長さから考えてここしかなかったのだろうけれども、それでも足らない。それで、真ん中あたりのちょうど釈迦の寝ているところあたりが屈曲した展示になっている。その絵画の中心部分が遠く、斜めになっていて、とても見にくい。でかすぎてどうしようもなかったのかもしれないが、ひどすぎると思う。日曜美術館で東京国立博物館の展示を見たが、こちらも、曲げずには展示できなかったようだが、中心部分は避けられていた。(おそらく、東京の方が、天井が高いのだろう)
物理的な問題だが、もう少し、やりようはあったのではないだろうか?
松林図が最後の部屋にあるが、ここが狭い。人が多いこともあって、まったく引いて見ることができない。これではこの絵のよさがわからないと思う。
この絵は、中央の部屋で堂々と展示してもらいたかったと思う。
結局、京都国立博物館の特別館は、狭すぎるのである。特に、大きな絵はダメ。見れない。
取り壊された常設館のほうが広かったと思うが、新常設館ができても、この特別館は、このまま特別展用に使われるのだろうか?やめてほしい。
そして、新しい建物には、大きな絵をゆったりと見れるスペースができることを期待する。(もう設計は終わっているのだろうがどうなっているのだろう。)
2010年4月16日金曜日
2010年4月15日木曜日
2010年4月8日木曜日
2010年4月4日日曜日
2010年4月1日木曜日
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